Armが予測する2025年以降のテクノロジー(後編)「AI・マーケット」

  • 本記事は、2025年1月20日にArm Newsroomに掲載された記事を転載したものです。

本記事は全2回(前編・後編)の後編です。「シリコン設計」に関するArmのテクノロジー予測をご紹介した前編に続き、後編では「AIの将来的な成長」や「テクノロジー市場における重要トレンド」ついて取り上げます。

AI

高性能・高電力効率のAIに対する大規模な投資

AI時代における消費電力と演算能力の需要の増大をどのように管理するかは、官公庁、産業界、社会全般のあらゆる人々にとって関心の高いトピックになっています。全世界のデータセンターでドイツ全土に相当する年間460テラワット時(TWh)の電力が要求される中、パフォーマンスで妥協することなく、大規模データセンターの消費電力を抑制する方法を見出すことは極めて重要です。

高性能・高電力効率のAIを実現するには、ハードウエアとソフトウエアの両方に投資しつつ、システム全体を共同設計する必要があります。ハードウエア面では、基本のプロセッサー技術とCPUアーキテクチャのさらなる進化によって、可能な限り効率的にAIを処理できます。用途特化型ハードウエアは、こうした進化を活用することで、ネットワーク、ストレージ、セキュリティ、データ管理など、データセンターのあらゆる側面で高負荷のAIワークロードを効率的に処理できます。一方、最新の革新的なソフトウエアによってAIワークロードを最適化することで、パフォーマンスを維持・向上しつつ、より限られたリソースでの運用が可能です。

AI推論が成長を継続

今後1年間、AI推論ワークロードは引き続き成長を続け、あらゆる場面で広範かつ持続可能な形でAIを導入できるようになります。こうした成長の原動力となっているのが、AI対応のデバイス/サービスの増加です。事実、テキスト生成や要約のような日常的なAIユースケースを網羅するAI推論の多くはスマートフォンやラップトップPCで実行されており、エンドユーザーにとっては、より応答性が高くセキュアなAI体験が提供されています。こうした成長を達成するため、処理の高速化、レイテンシーの低減、電力管理の効率化を実現する基盤の上にデバイスを構築する必要があります。SVE2とSME2は、Armv9アーキテクチャの2つの重要な機能であり、これらを組み合わせることでArm CPU上で高速・効率的なAIワークロードが実現します。

AI時代のヘテロジニアス・コンピューティングの能力

ハードウエアや演算コンポーネントの個々の要素が、あらゆるワークロードの解決策にならないことは明白です。スマートサーモスタットからデータセンターまでのあらゆるタイプのデバイスを対象に、あらゆる側面の演算機能にAI推論が浸透し続ける中、このことは特に重要です。2024年には、主要なハイパースケーラーなどのAIアクセラレーターが大幅に成長しましたが、こうしたアクセラレーターをAIワークロードで活用するには、CPUプラットフォームが必要です。Arm Neoverseは、柔軟なコンピューティングに対応することで、Arm CPUとアクセラレーターのシームレスな結合を可能にします。これによって、NVIDIAのBlackwell GPUアーキテクチャとArm NeoverseベースのGrace CPUを組み合わせたGrace Blackwellに代表される、かつてないタイプのエンジニアリングの創造性と開発が実現します。Arm CPUは、世界で最もユビキタスな演算プラットフォームであり、2025年には、こうしたヘテロジニアスな演算機能の組み合わせが増加すると予想しています。

エッジAIの注目が高まる

2024年には、大規模データセンターで処理されるのではなく、エッジ、すなわちデバイス上で実行されるAIワークロードが増加しました。これにより、消費者と企業にとっては、消費電力とコストの削減に加えてプライバシーとセキュリティのメリットも実現しています。

2025年には、エッジデバイスとクラウドの間でAIタスクを分離する、高度なハイブリッドAIアーキテクチャも登場する見通しです。こうしたシステムは、エッジデバイス内でAIアルゴリズムを使用することで、対象となるイベントを検出してから、クラウドモデルを活用して追加情報を提供します。ローカルまたはクラウドのどちらの環境でAIワークロードを実行するかについては、利用可能な電力、レイテンシーの要件、プライバシーの懸念、演算の複雑性などの要因に基づき判断を行います。

エッジAIワークロードが意味するのは分散型AIへの移行であり、データソースから最も近いデバイス上で、よりスマートかつ迅速、セキュアな処理を実現します。これは産業用IoTやスマートシティなど、より高性能で局所的な意思決定が求められる市場で特に大きなメリットを発揮します。

小規模言語モデル(SLM)の利用が加速

圧縮率を高め、量子化に対応し、パラメーター数を削減した、より小規模でコンパクトなモデルが急速に進化しています。その例となるLlama、Gemma、Phi3は、コスト効果と効率性に優れ、演算リソースの限られたデバイスに容易にデプロイ可能なため、2025年にはその数が増加すると予想しています。こうしたモデルは、エッジデバイス上で直接実行でき、パフォーマンスとプライバシーを強化します。

ArmはSLMについて、言語やデバイスのインタラクション用のオンデバイスのタスクに加えて、イベントの解釈やスキャンなどの視覚ベースのタスクでも使用が増加すると予想しています。将来的には、ローカルのエキスパートシステムを開発するため、より大規模なモデルから学習内容が抽出されることになります。

見聞きし、理解する能力を高めたマルチモーダルAIモデル

現在、GPT-4などの大規模言語モデル(LLM)は、人間のテキストでトレーニングされています。こうしたモデルにあるシーンの描写が求められた場合、テキストベースの描写で回答します。一方で、テキスト、画像、音声、センサーデータなどを含むマルチモーダルAIモデルが台頭しつつあります。こうしたマルチモーダルモデルは、耳となる音声モデル、目となる視覚モデル、人と物体の関係を理解する行動モデルを通じて、より高度なAIベースのタスクに対応します。これらは、見て、聞いて、体験することで、あたかも人間のように世界を感じ取る能力をAIにもたらします。

AIエージェントの利用が拡大

今日のユーザーがAIと対話する場合、その相手は単一のAIとなるのが一般的で、それは求められるタスクを単独で完了できるようベストを尽くします。一方、AIエージェントの場合、ユーザーは単一のAIに求められるタスクを伝達しますが、AIはこれをAIエージェントやボットのネットワークに委ねるため、AIのギグエコノミーのような構造が形成されています。現段階でAIエージェントを使用しつつある業界としては、カスタマーサービスのサポートやコーディング・アシスタントなどが挙げられます。AIがますますネットワークを活用し、高度化する中、今後1年間はより多くの業界でこうした傾向が大幅に拡大すると予想しています。この結果、AI革命の次のステージの舞台が整うことで、人々のプライベートと仕事の両方の生産性に対し、ますます大きな影響が及びます。

より強力かつ直感的でインテリジェントなアプリケーション

AIの台頭に牽引される形で、より強力かつパーソナライズされたアプリケーションがデバイスで提供されます。具体的には、よりインテリジェントかつ直感的なパーソナル・アシスタント、さらにはパーソナル・ドクターの登場により、ユーザーの要求に対応するだけのアプリケーションから、ユーザーと彼ら自身の置かれた環境に基づき事前の提案を行うアプリケーションへと移行します。これらのアプリケーションを通じたAIのハイパーパーソナライズ化の取り組みによって、データの使用量、処理用、保存量が飛躍的に増加する結果、産学によるセキュリティ対策や規制ガイダンスの必要性が明確になります。

ヘルスケアがAIの重要ユースケースに

ヘルスケアはAIの代表的なユースケースの1つと思われますが、2025年にはこの傾向が加速する見通しです。AIのヘルスケア・ユースケースの事例としては、予測医療、デジタル記録保存、デジタル病理学、ワクチン開発、治癒に寄与する遺伝子治療が挙げられます。2024年には、科学者と協力してAIを活用し、複雑なタンパク質構造を90%の精度で予測したことで、DeepMind(現・Google DeepMind)の創設者2人がノーベル化学賞を受賞しました。一方、AIの活用により、医薬品研究プロセスの研究開発サイクルを50%短縮することが実証されています。こうしたAIイノベーションが社会にもたらすメリットは甚大なもので、救命薬の研究と創薬を加速させています。さらに、モバイル機器、各種センサー、AIの組み合わせにより、ユーザーは、より有効な健康データにアクセスでき、自身の健康状態に関してより情報に基づく意思決定が可能です。

「より環境に配慮したAI」を追求

AIにおける持続可能性への取り組みは、今後さらに加速する見通しです。電力効率に優れたテクノロジーの使用と並んで、「より環境に配慮したAI」のアプローチへの注目が高まると思われます。例えば、エネルギー需要の増大に対応する形で、より排出量の少ない地域や、送電需要の少ない時間帯にAIモデルをトレーニングすることが一般的になる可能性があります。このアプローチでは、送電網のエネルギー負荷のバランスを取ることで、ピーク時の需要ストレスを軽減し、全体的な排出量を削減するのに寄与します。そのため、エネルギー効率に優れたモデル・トレーニング用のスケージューリング・オプションを提供するクラウドプロバイダーが増加すると予想しています。

上記以外のアプローチとしては、既存のAIモデルの最適化による効率化や、事前にトレーニングされたAIモデルの再利用、エネルギー使用量を最小限に抑える「グリーンコーディング」の採用が挙げられます。このほか、「より環境に配慮したAI」に向けたより広範な取り組みの一環として、持続可能なAI開発のための自主的な基準、そしてその後の正式な基準の導入も始まると考えられます。

再生可能エネルギーとAIの組み合わせが進化

再生可能エネルギーとAIの組み合わせにより、エネルギー業界全体のイノベーションが向上すると予想されます。再生可能エネルギー源の信頼性と、ピーク時の負荷のバランスを取るための柔軟性が欠如していることは現在、送電網の脱炭素化の足かせとなっています。しかし、ArmはAIによって、エネルギー需要をより正確に予測し、送電網の運用をリアルタイムで最適化し、再生可能エネルギー源の効率化によってこうした問題に対処できると考えています。再生可能エネルギー源の断続的な性質のバランスを取る上で重要な要素として、エネルギー貯蔵ソリューションもまた、バッテリーの性能と寿命を最適化することで、AIのメリットを享受しています。

AIの統合は、ピーク時の需要を予測し、バランスを取るという課題の解決策を提供するだけでなく、保守も予測することで混乱を抑制します。一方、スマートグリッドはAIを活用することで、エネルギーフローをリアルタイムで管理し、エネルギーの浪費を削減します。AIの進化と再生可能エネルギーの組み合わせは、エネルギーシステムの効率性と持続可能性の大幅な向上を約束するものです。

マーケット

ヘテロジニアス・コンピューティングがIoTにおけるあらゆる種類のAIに対応

IoTを中心とした幅広いAIアプリケーションでは、AIのさまざまな需要に応じて異なる演算エンジンを使用する必要があります。AIワークロードを最大限にデプロイするため、CPUは今後も既存デバイスでのデプロイにおいて重要であり続けます。最新のIoTデバイスは、メモリサイズの増加とより高性能のCortex-A CPUにより、パフォーマンスを強化します。最新のEthos-U NPUのような組み込みアクセラレーターは、低消費電力の機械学習(ML)タスクの高速化に利用され、産業用マシンビジョンや消費者用ロボットなどの幅広いユースケースを対象に、電力効率に優れたエッジ推論を提供します。

実際のところ、短期間では、特定のアプリケーションのAIニーズへの対応で複数の演算エレメントが使用されます。こうしたトレンドに伴い、アプリケーション開発者が基本ハードウエアの能力を最大限に活用できるよう、共通のツール、ライブラリ、フレームワークへのニーズは今後も明確に示されるでしょう。エッジAIワークロード向けの「万能型」ソリューションは存在せず、エコシステム向けの柔軟な演算プラットフォームの重要性が浮き彫りになっています。

シリコンとソフトウエアの開発プロセス変革に向けて、仮想プロトタイプの採用が拡大(オートモーティブ)

仮想プロトタイプによって、シリコンとソフトウエアの開発サイクルは短縮されており、企業は物理的なシリコンの準備が整う前にソフトウエアの開発とテストを実行できます。こうしたメリットは自動車業界では特に重要な意味があり、バーチャルプラットフォームによって自動車の開発サイクルは最長2年短縮されています。

2025年には、シリコンとソフトウエアの開発プロセスに関する現在進行中の変革の一環として、ますます多くの企業が自社の仮想プラットフォームを立ち上げると予想しています。こうした仮想プラットフォームは、ISAパリティを担保するArmアーキテクチャ上でシームレスに動作し、クラウドとエッジのアーキテクチャの均一性を保証します。ISAパリティによって、エコシステムはクラウド上で仮想プロトタイプを構築してから、エッジ側でシームレスにデプロイできます。

これにより、時間とコストが大幅に削減される一方、開発者にとっては、ソフトウエア・ソリューションからさらなるパフォーマンスを引き出すための時間がより多く確保されます。2024年に初めて自動車市場向けのArmv9アーキテクチャが導入されたのに続き、今後はより多くの開発者がこのISAパリティを自動車に活用し、仮想プロトタイピングを活用することで、車載ソリューションをより迅速に構築・デプロイできると予想しています。

エンド・トゥ・エンドのAIが自動運転システムを強化

従来型の自動運転ソフトウエア・アーキテクチャは拡張性の障壁に直面していますが、その解決策として期待されるエンド・トゥ・エンドのモデルにおいて、生成AIテクノロジーは急速に採用されています。エンド・トゥ・エンドの自己教師あり学習(SSL)により、自動運転システムは一般化の機能が向上し、前例のないシナリオへの対応が可能になります。この新たなアプローチは、運用設計分野のより迅速な拡張を実現する効果的な方法であり、高速道路から都市部まで、より迅速かつ低コストな自動運転テクノロジーのデプロイを実現します。

ハンズオフ運転が増加する一方、ドライバーの監視も強化

L2+ハンズオフDCASとL3 ALKSに関する車両規制の調和が進むことで、こうしたプレミアム機能の広範なデプロイが世界規模で加速します。大手自動車メーカー各社はすでに、自動車の製品寿命を通じたサブスクリプションにより、こうした機能のアップセルに必要なハードウエアを自動車に搭載するための投資を行っています。

ドライバーによる自動運転システムの誤使用を抑止するため、各種規制や新車評価プログラムでは、ドライバー監視(DMS)のような高度化の進むキャビン内監視システムに焦点を当てています。欧州を例に挙げると、ドライバーのさまざまな離脱レベルに対して自動車側で適切な対応を行えるよう、EuroNCAP 2026の新たな評価スキームでは、直接検知(例:カメラベース)のDMSと先進運転者支援システム(ADAS)や自動運転機能とのより高度な統合が奨励されます。

スマートフォンは、今後数年のみならず数十年もの間、最も重要なコンシューマー機器に

世界の最重要コンシューマー機器としてのスマートフォンの王座が、すぐさま陥落することはないと思われます。事実、数年どころか数十年もの間、消費者にとって頼りになるデバイスである可能性は高く、現実的な対抗馬となるデバイスは出てこないでしょう。主要スマートフォンでArmv9の採用が拡大する中、2025年には、最新のフラッグシップ・スマートフォンの提供する演算能力とアプリケーション体験が向上することで、No.1のポジションは盤石になるばかりです。しかし、消費者が利用するデバイスと使用目的が多岐にわたるのも明白であり、スマートフォンは主にアプリの使用、Web閲覧、コミュニケーションで使用される一方、生産性や業務関連のタスクでは、ラップトップが未だに「頼りになる」デバイスと考えられています。

このほか、興味深い点として、スマートフォンの理想的なコンパニオンデバイスとして、スマートグラスのようなARウエアラブル端末が台頭するでしょう。スマートフォンの持続的な魅力を支える主な理由として、アプリからカメラ、ゲームに至るまでの進化の能力があります。そして現在、ウエアラブル端末によるAR体験をスマートフォンがサポートしつつあることで、業界全体ではARの新たな利用モデルが台頭しつつあります。

テクノロジーの小型化が継続

テクノロジー業界全体では、ARスマートグラスや小型のウエアラブル技術など、より小型で洗練されたデバイスが登場しており、これは複合的な要因によって実現しています。第一に、デバイスの重要な機能や体験のサポートに要求される性能を提供できる、電力効率に優れたテクノロジーの採用です。次に、ARスマートグラスの場合、高精細ディスプレイを実現するだけでなく、デバイスの厚みと重量を大幅に削減する超薄型シリコンカーバイド技術の採用が見られます。最後に、最新のコンパクトな言語モデルによって、こうした小型デバイスによるAI体験は変革しており、より没入感あふれるインタラクティブな体験が実現します。今年は、電力効率に優れた軽量ハードウエアと小型AIモデルの強力な組み合わせが、より小型で高機能なコンシューマー機器の成長の原動力となるでしょう。

Windows on Armの拡大が継続

2024年には、Windows on Arm(WoA)エコシステムが大きな進展を見せており、今や最も幅広く使用されているアプリケーションがArmネイティブ版を提供しています。実際のところ、今後は平均的なWindowsユーザーが費やす時間の90%は、Armネイティブのアプリケーションによるものとなります。最近の例として、Google Driveは2024年末にArmネイティブ版をリリースしました。日常的なユーザー体験に不可欠なGoogle ChromeなどのArmネイティブ・アプリケーションでの大幅なパフォーマンス強化からも明らかな通り、こうした勢いは2025年を通じて継続し、開発者と消費者の双方にとって、WoAはますます魅力的な存在になると予想しています。

本記事は全2回の後編です。

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Armが予測する2025年以降のテクノロジー(前編)「シリコン」
転載記事:Armが予測する2025年以降のテクノロジー
Armについて

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